ノーマライゼーションの思想の世界的な広がり2
デンマーク福祉社会とバンク‐ミケルセンの思想と実践 第23回(最終回)
日本では、ノーマライゼーションの理念は「国際障碍者年」がきっかけとなって広く知られるようになりました。この「国際障碍者年」が強力な後押しとなって、障碍者福祉政策が大きく動き出し、ノーマライゼーションが政策理念の柱となりました。
1993年の障害者基本法の改正、1986年からの「障害者のすみよいまちづくり推進事業」、1995年の「障害者プラン-ノーマライゼーション7か年戦略」などにそれがうかがえます。
今回まで述べてきたようなバンク‐ミケルセンの活躍を経て、ノーマライゼーションの理念はデンマーク国内に浸透し、やがて世界に広がっていきました。
大型の施設に大勢の知的障碍者が押し込められるようにして収容される非人間的な状況は、バンク‐ミケルセンにとっては、彼自身が体験したナチスの強制収容所の生活とまったく変わらないことを実感させるものでした。デンマークの民主主義は自由・平等・博愛の精神[1]に基づいています。民主主義の思想と逆行するナチズムによる侵攻を経験し、それにおおきく反抗するエネルギーが、ノーマライゼーションの理念をつくりあげ、やがてそれを社会に浸透させる原動力になっていったのです。
「たとえ障碍があっても、人間として平等であり、人間として尊厳ある生活を営む権利を持っており、可能な限り障碍のない人と同じ生活条件のもとに置かなければならない」というノーマライゼーションの理念を実現することは、非人間的な収容所生活を体験したからこそ、目標となり得たのです。また、行政官と障碍者の家族という垣根を越えて、バンク‐ミケルセンと親の会が対等な立場で話し合うフォルケホイスコーレという場があったことや、第二次世界大戦後に障碍者の人権を見直そうという世界的潮流があったこともバンク‐ミケルセンの活躍の手助けとなったのです。
[1]千葉忠夫,1995年,「高校生たちの見たデンマーク」,自分流文庫,pp.27
佐藤豊:NPO法人や社会福祉法人で知的障碍者授産施設の経営、ヘルパーの養成に長年携わるなど福祉事業をライフワークとして取り組んでいる。早稲田大学公共経営学術院修士課程修了。岩手県一関市出身。
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