貧困問題から震災復興へ

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年越し派遣村の村長として脚光を浴びる!

 社会運動家と呼ばれ、2008~2009年の「年越し派遣村」では村長として脚光を浴びた湯浅誠氏。それまでは貧困に関する専門家として活動し、内閣府参与として緊急雇用対策本部「セーフティ・ネットワーク実現チーム」事務局長代理も務めていた。

 今回の地震で、これまでのボランティアをまとめる能力等を認められ、3月16日、管総理から「震災ボランティア連携室」室長を任命された。

復興への希望Photo by DieselDemon

復興への希望

 湯浅氏は1969年生まれの42歳。1995年、東京大学法学部卒業。在学中からボランティアに関わり、卒業後、ホームレス支援の運動に携わる。1996年には、東京大学大学院法学政治学研究科に入学。父親の死などをきかっけに、2003年に単位取得退学となり活動に専念。その後、貧困ビジネスの告発、貧困問題を現場から訴え続ける。「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい」事務局次長。「反貧困ネットワーク」事務局長。

学習ボランティアに明け暮れた大学時代

 大学時代から授業をさぼっては、児童養護施設で子供たちに勉強を教える「学習ボランティア」をしていたという。1年の夏休みに旅をした中南米では、足を踏み入れたときに「貧しい国だなぁ」という印象を受けた。が、そこからすぐに貧困への活動へつながったわけではない。

 大学生時代はボランティア中心の活動を送り、単位が取れずに留年。大学院時代は日本政治思想史を専攻し、その頃からホームレスの支援活動を始める。最初は渋谷でホームレスの人たちに雑炊を作って配っていたという。

 2000年頃になり、「貧困層が増えてきているな」と感じ、炊き出し用の米を集める「フードバンク」を立ち上げ、2001年にホームレスを支援する「自立生活サポートセンター・もやい」を設立。

貧困者がアパートを借りる際の連帯保証人に

 もやいでは、貧困者がアパートなどで新生活を始めようとしている場合に連帯保証人の提供をしている。「連帯保証人になって仲介料をもらっている」などと批判する輩もいるようだ。また、一方では「ちゃんとした生活ができないからホームレスになったんだから、彼らの連帯保証人になっても、みんないなくなる」など、「もやいは破産するぞ」という批判もあった。

 しかし、湯浅氏は連帯保証人という高いリスクをなぜ背負うかについて、こう語っている。

 「このような批判に対し、わたしたちは全く違った考え方をしていました。ホームレスとの付き合いがあったので、「そういう人たちではない」と。なのでアパートに入居できれば、きちんとした生活を送れるという確信がありましたね。実際、9割以上の人たちが「自立」した生活を送っています。」

違いを見つけるのではなく接点を見つける

 そして、湯浅氏のボランティアに対する取り組みは、こんな考えがベースになっているのだと感じた。

「支援活動の難しさは、相手との“接点”を見つけること。わたしは大学院に通っていましたが、そこでは相手を論駁(ろんばく)することが大切だと教わりました。議論して、相手を言い負かせた人が“偉い”といった感じ。もちろん議論の力はものすごく鍛えられるのですが、一般社会でそれをやっても仲間は増えません。違いを見つけるよりも、同じことを見つけることが大切。例えば、さまざまな運動体がお互いにいがみあったりしていますが、少し離れたころから見ると、ほとんど違いが分からない。それなのに、なぜかお互いの違いを際立たせている。つまり接点を見つけようとしないと、四分五裂(しぶんごれつ:秩序をなくしてバラバラになること)して、かえって力を失ってしまうのではないでしょうか。なので、わたしは意識的に違いを見つけようとせず、できるだけ接点を見つけるように心がけています。」

 相手との違いを見つけるのではなく、接点を見つける努力。昔は助け合い社会が自然と出来上がっていた日本。現代は、できれば他人を関わりたくないという考え方の人が増えた日本。そんな日本で大切な助け合いの精神が湯浅氏の活動を支えているのだろう。

 小学校の先生を母に持ち、お兄さんが障碍者ということもあり、小さな頃から自宅にはボランティアの人が出入りしていたという。そんなバックボーンを持つ湯浅氏なら、貧困から震災に内容は変わったとしても、温かな心と統率力を発揮してくれると期待したい。

参考:ビジネス・メディア「誠」インタビュー/35.8歳の時間・湯浅誠

川端真弓。フリーライター/薬膳アドバイザー。埼玉県所沢市在住。1986年に「無理なく無駄なく簡単エコロジー」を合言葉に、子育て中の主婦でも身近にできる環境問題を考えるサークルを発足。以来、無農薬栽培など風土に根差した生き方を模索中。現在は、写真と詞をコラボした新しい感覚のアート「PHOTOEMほちょう調」を広める活動にも携わっている。WEBサイトはこちら

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