パラリンピックのはじまりとは?

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 4年に一度、アスリートが日々の鍛錬を競い合う大会『オリンピック』と『パラリンピック』。世界各国から集まった類まれな身体能力を持つ選手たちは、この晴れ舞台に登場するため、どれだけの涙を流してきたか・・・。優秀な選手の中から選ばれし、さらに優秀な選手が表彰される本当に素晴らしい大会ですね。

 さて、中でも『パラリンピック』の始まりは、1960年にイタリア・ローマで開かれた第9回国際ストークマンデビル競技大会(第1回のパラリンピック競技大会)と位置づけられています。しかし、実は、1944年にイギリス・ストークマンデビル病院で患者のリハビリのために導入された『スポーツ活動(パンチボール、ダーツ、ロープクライミング、スヌーカー、ボーリング、車いすポロ)』を元に徐々に発展し、1948年、ちょうど第14回オリンピック・ロンドン大会の開会式の日、同病院内で、合計16人(男性14人、女性2人)の車いす使用者による『アーチェリー競技大会』が催されたことが、『パラリンピック』の本当の起源であるといわれているんです。

 『パラリンピック』の父といわれているのが、グッドマン医師(1899~1980)です。彼は、ストークマンデビル病院のリハビリの一環としてスポーツを導入し、院内アーチェリー競技大会を催しました。それはただリハビリとしてではなく、スポーツを治療の一手段として用いることで、障碍者が社会へ再融和するための大きな手段にもなると位置づけていたのです。

 その後、グッドマン医師は、1957年の国際身体障害者福祉協会世界大会の講演において「スポーツは、“障碍に対する勝利”に最もふさわしいものである」「障碍者に関して重要なことは、失ったことではなくして残存する能力の如何である」と訴え、ストークマンデビル競技大会の存在をアピールしたのです。(『身体障碍者の更生療育(レハビリテーション)におけるスポーツの重要性』(内藤三郎訳)参照)。

 さらに「将来のオリンピック・ゲーム(次回のローマ大会)で、身体障碍者がスポーツで競争ができる特別な分会が設けられるかも知れない」と伝え、「私はリハビリテーションに熱意をもつ人々に、切に、この夢が実現されるよう助力されんことを訴えます。理由は、身体障碍者がスポーツマンとして『オリンピック』に彼等の自由な権利において参加を認めることは、われわれの障碍をもつ同胞が、社会へ再統合(復帰)を意味する点において、人類の最も輝かしい偉業の1つに他ならないからである」としめくくっているのです。なんだか、勇気で心が奮えるような素晴らしい言葉ですね・・・・。

 1948年に始まった『パラリンピック』は、1952年、オランダからの参加を得て国際的規模のものとなり(第1回ストークマンデビル競技大会)、ついに1960年には、第17回『オリンピック』(ローマ大会)の直後、オリンピック施設を利用し開催されたのです。まさに、グッドマン医師の夢が、多くの人々の賛同と努力によって現実となった瞬間でした。そいて・・・・今。『パラリンピック』は紛れもなく、みんなの夢として輝き続けています。

 スポーツが持つ力って、計り知れないですね・・・。素晴らしい!

ライター:野間能子 医療・スポーツ・美容・飲食など、ライフスタイル全般のプランニング、編集・執筆、商品企画などを行う。

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