『ウィンブルドン 車いす男子ダブルステニス 優勝!』

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『ウィンブルドン 車いす男子ダブルステニス 優勝!』

 2013年夏、今年もウインブルドンテニス大会の模様がTVで放映されています。

 日本選手をはじめ、世界のトップアスリートがしのぎを削る大会は、テニスプレーヤーにとっての憧れです。

 世界中の人々が注目する中、どの選手も、日々の厳しい練習の成果や激しい精神鍛錬のすべてを試合にぶつけています。

 今回も日本の選手もみなさん頑張って試合に臨み、多くの感動を与えてくれました。

 そんな試合期間中、うれしいニュースが飛び込んできました。

 『車いす男子ダブルス』において、国枝慎吾選手が見事優勝を果たしたのです。

 国枝選手がテニスコートで喜ぶ姿は、本当に胸を打ちました。

 多くの練習、多くの障碍、さまざまなものを乗り越えての優勝です、こんなにうれしく、素晴らしいことはありません。

 国枝選手は、9歳の頃、脊髄腫瘍を発病したことにより車いす生活を送ることとなりました。

 その2年後、お母さまのすすめにより、車いすテニスと出会います。

 当初は、車いすテニスよりも学校のお友だちとバスケットボールを楽しむことの方に夢中でした。

 健常者のお友だちと一緒にスポーツを楽しむ中から、現在活躍されている車いすテニスでも大きな武器となっている車いすの類まれなる操作を自然と身につけました。

 高校生になると国内でも注目される選手となり、海外遠征を経験しながら、世界レベルで活躍する選手へと成長していきます。

 その後、丸山弘道コーチの指導を受けることで、競技としての車いすテニスへと転化していきました。

Wimbledom tennis_Olivia Heath

Photo by Olivia Heath

 2004年の『アテネパラリンピック』では、斎田悟司選手とともに、男子車いすテニスのダブルスで金メダルを獲得。

 2006年の『USオープン』では、自身2つ目となるグランドスラムタイトルを獲得、アジア人初の世界ランキング1位の座に就きます。

 2007年は、アジア初の世界チャンピオン、車いすテニス史上初となる年間グランドスラム(当時の4大大会制覇)を達成。

 2008年の『北京パラリンピック』では、シングルス金メダル、ダブルス銅メダルを獲得。

 2009年には、障碍をお持ちの方のグランドスラムが、健常者のグランドスラムと同大会に変更となり、全豪オープンで3連覇、車いすテニス選手として日本初のプロ転向を宣言します。

 ジャパンオープン4連覇、全仏オープン3連覇、ダブルスのみ開催のウィンブルドンでは準優勝、USオープン2連覇を達成。2010年、全豪オープン、全仏オープン、USオープンの全てのグランドスラム・シングルス優勝と輝かしい成績が続きます。

 とうとう、スポーツのアカデミー賞といわれる『ローレウススポーツ大賞』において、『2010年度 年間最優秀障害者選手』としてノミネートを果たします。

 その後、シングルス連勝記録は107、男子車いすテニス初の4年連続世界チャンピオンも達成します。

 2011年は、USオープン時に痛めた肘の影響で、残念ながら、戦線離脱を余儀なくされますが、2012年5月のジャパンオープンで復帰、9月に行われたロンドンパラリンピックでは、前人未到の2大会連続金メダル、完全復活を果たします。

 世界レベルで強く、その強さを維持している国枝選手。

 国枝選手の座右の銘は、「俺は最強だ!」です。

 自分自身が競技者として車いすテニス界での圧倒的なポジションを確立しながら、車いすテニスの普及活動にも真摯に取り組み、業界全体の発展に尽力されています。

 国枝選手の圧倒的な強さは、日々のどれだけの努力から生み出されているのか・・・想像するだけでも大きな感動に包まれますね。

※参考資料:
『NHKニュース』
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130708/k10015875911000.html

『国枝慎吾 公式ブログ』
http://www.tennis-navi.jp/blog/shingo_kunieda/

ライター:野間能子 ノーマ・プランニング。医療・スポーツ・美容・飲食など、ライフスタイル全般のプランニング、編集・執筆、商品企画などを行う。

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