異端児だったユニクロの柳井社長

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「山」と言われれば「川」と答えていた高校時代

 成功者の子どもの頃や育った環境はとても興味深い。なぜ、その人が成功者になったのか・・・。子どもの頃を見てみると、やはりその中に成功者の要素が隠されているように思うからだ。

 成功者のゴールを「人生」という単位でとらえてしまうと、その人が死ぬ瞬間まで成功者かどうかの判断はできないだろう。また、死んでからも、世間の批判を浴びてしまえば、本当の意味での成功者とは呼べないのかもしれない。

山と川

 なので人生の成功者という意味ではなく、一般的にいう成功者とは、いち事業を成し得た人ということになるのではないだろうか。そういう意味では、ユニクロの柳井社長も成功者のひとりだ。

 『ベンチャー通信Web』というサイトに、柳井社長のインタビュー記事が掲載されている。その記事によれば、柳井社長は小さな頃から異端児だったと言う。

 高校時代のあだ名が「山川」で、誰かが「山」と言えば、「川」と答えるような、人と同じことはしない性格。

夢もなく働く意欲もなかった青年が商売に目覚める!

 実家は、山口県で紳士服のお店を営み、小さな頃から毎日のように商売の話を耳にしていた。ただし、商売には興味はなく、大学時代もマージャンやパチンコをし、どうすれば働かずに生きていけるかを考えていたと言う。

 卒業後は父親の口利きでジャスコに入社するものの9ヶ月で退社。その頃は夢もなく、仕事に対する意欲もなかった。

 その後、実家に戻り紳士服店を手伝う。そこではジャスコと違い、効率の悪い仕事や従業員の態度が目につき店長に責め寄ると、1人を残して7人いた店員がすべて辞めてしまった。仕方なく仕入から販売、経理までのすべてを自分でやることに。

 ところが、それが功を奏し、商売の面白さに気づく。朝の8時から夜の9時まで仕事をし、家に帰ってからも仕事。そんな中でひとつひとつ仕事を覚えて行き、売上が2~30億円を超えはじめた頃、「事業として継続していくには、経営者にならなくちゃいけないんじゃないか」と思い、商店主から経営者として生きて行くことを決意。

失敗の連続から得るもの

 柳井社長が考える経営者とは、『客観的に自分の会社を判断して、主体的な行動ができる人』のこと。そして、原理原則を大事にし、どんな人でも納得できることを淡々と実行すること。

 そのためには、「最初からうまくはいきません。何回も失敗してみて、失敗の原因が自分の中にあるんじゃないかと気づかないといけない。そうやって、自分を成長させていくんです」と語っている。

 あの柳井社長でさえ「いつも失敗の連続ですよ。商売に関して言えば、一勝九敗くらいです」「新しいことを始めて、成功する確率は、ほとんどゼロに近い」と言う。

 では、なぜ失敗の連続で今のユニクロがあるのだろうか?

「だから僕は失敗しても会社が潰れないようにすることをいつも考えてきました。
会社を潰したら、従業員や取引先に取り返しのつかない迷惑をかけます。
だからまずは会社を潰さないことを考える。それが商売の信用につながると思います」

「やっぱり一貫してやることが大事です。コロコロと意見を変えたり、
昨日言ったことと今日言ったことが違う人を誰も信用しません。
だから自分で言ったことは、必ず実践する。そういう一貫性が大事だと思います。
他には約束を守ることも大事です。
うちの会社では、会議はだいたい5分前から始めます。5分前にはみんな集まっているから、会議が始められるんです。会議に遅れてくる人は、僕は大嫌いです」

 こうした考え方、行動が今日のユニクロを築きあげてきた所以なのだろう。「親の言う通りにやったら、絶対に成功しない。親の言うことは昔のことばかり。自分で考え、反対のことをやらないと、未来には生き残れません」と語る柳井社長。根っからの異端児らしい考え方とも言えるが、やはり成功者に学ぶことは多い。

 ユニクロという名前も、ユニークな衣料という意味で「ユニーク・クロージング・ウエアハウス(Unique Clothing Warehouse)」略してユニ・クロとするあたりも柳井社長らしい。

川端真弓。フリーライター/薬膳アドバイザー。埼玉県所沢市在住。1986年に「無理なく無駄なく簡単エコロジー」を合言葉に、子育て中の主婦でも身近にできる環境問題を考えるサークルを発足。以来、無農薬栽培など風土に根差した生き方を模索中。現在は、写真と詞をコラボした新しい感覚のアート「PHOTOEMほちょう調」を広める活動にも携わっている。WEBサイトはこちら

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