デンマークの暮らしと「ヒュッゲ」(7)

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4月、デンマークにも待ちに待った春がやってきます。アフリカからの渡り鳥が群れをなして到着し、長い旅の中継点として餌をもとめたり休憩したりした後、さらに北に飛び立っていきます。この時期独特の美しい光景です。

デンマークでの冬至の日照時間は、7時間弱と一日の三分の一以下ですが、1月から3月にかけて、朝がゆっくりと明るくなっていきます。そして、4月に入ると夕暮れに大きな変化を感じます。デンマークは緯度が高いため、夕暮れはゆっくり進みますが、4月には午後6時過ぎから8時が過ぎる頃まで明るい時間が続きます。薄暗い日が続く冬を越した後だからでしょうか、春の訪れを夕暮れで感じることは、デンマークで暮らすようになって、敏感になったように思います。夕暮れがゆっくり進むため、黄昏時(たそがれどき)を楽しむ時間が長いからかもしれません。

デンマークでは、大半の家庭が午後6時に家族揃って夕食を囲む習慣があり、この時間は家族で過ごす毎日ヒュッゲの王道です。4月の夕食どきはちょうど夕暮れが始める頃になるのですが、美しい夕暮れの中、家族揃って囲む夕ごはんは毎日の楽しみです。天気のよい日には、夕食後に散歩で春の雰囲気と黄昏の空気を楽しみます。美しい黄昏時の散歩では、すれ違う人々と交わす目での挨拶にも心が和みます。目を合わせるその一瞬に、たまたま巡り合った人同士の心が和む瞬間ヒュッゲです。目での挨拶ができる文化は素敵だなぁと思います。

南の国で冬を越した小さな「うたどり」が戻ってくる頃、森にも春がやってきます。
デンマークの国木ブナは4月下旬に若葉が芽吹きます。ブナの木々に若葉が芽吹く前、森には大きなブナの木の根元まで太陽が届きます。その太陽の恵みを受けて、春一番にブナの森を飾るのはイチリンソウの花です。可憐なイチリンソウが絨毯を敷いたように一面に咲く光景は、デンマークの春を代表する美しい光景です。

イチリンソウが群生する森に出かけることは、毎年、楽しみにしている行事です。気温は低いのですが、森でおひさまの暖かさを感じることそのものがヒュッゲなのかもしれません。温かいスープやココアなどを持っていき、長い散歩の途中、森の中で温かいものをお腹に入れて一息つくこともヒュッゲのひとときです。

イチリンソウが咲く時期は、イラクサの柔らかい新芽がおいしい時期です。イラクサは「刺草」と書きますが、茎や葉にある小さな細かい刺(とげ)が特徴的です。デンマーク語では「やけど草」と呼ばれ、この草に触るとやけどをしたときのようにヒリヒリと痛みます。子どもたちも野外ではイラクサには近づかないようにとよく注意されますし、実際、触ったら大変なことになると知っている子どもも大勢います。

摘むときには注意を要するのですが、この時期のイラクサは新芽なので摘みやすく、ビタミンも豊富なので、料理用にかなりの量を摘んで持ち帰ります。さっとゆがいたイラクサを、じゃがいもやねぎをベースにしたスープと一緒にポタージュに仕上げる「イラクサのスープ」は、春を楽しむスープの代表です。ほうれん草でもグリーンピースでも出ない深い緑は独特で神秘的にさえ感じます。仕上がりの色が美しく仕上がると幸せな気分に浸ることができます。今年は復活祭が4月上旬でしたので、復活祭のお祝いスープとして半熟卵を飾ったイラクサのポタージュを用意しました。

かなりの量を摘むとずいぶん長い間チクチクするのに、どうしても摘みたくなるのは、春の味を楽しみたいからに他なりません。摘むことそのものも春の行事として楽しいですし、それを料理に使えることには心が躍ります。そして、作った料理を大喜びで食べてくれる人がいるのは幸せなことだと思います。一つの事象からヒュッゲがいろいろな展開をする一例とも言えますね。

4月になると、我が家の近くにある臨海公園でも、天気の良い日や週末に、お決まりのアイスクリーム屋さんが店を出し始めます。デンマークは夏も20℃前後で避暑地のような過ごしやすい気候ですし、伝統的に乳製品を使う食習慣が根付いているせいか、生クリームが主原料のアイスクリームは子どもだけではなく大人にも不動の人気を誇っています。そして、それを楽しむ情景は、春から初秋までの夏ヒュッゲを代表する風物詩の一つだと言えるでしょう。

年4月になると、屋外でヒュッゲのひとときを楽しむ人々をよく見かけますが、今年はコロナウィルス感染の対策措置がとられ、お互いに2メートル以上の間隔を保つことが推奨され、10人以上の集会は禁止、カフェはテイクアウトのみの営業となっています。そんな環境の下、デンマークの人々はヒュッゲのひとときを見つける達人だということを改めて気づきました。

散歩はもちろんですが、ベーカリーでテイクアウトした菓子パンを片手に道端で楽しいひとときを一緒に過ごしたり、一緒に過ごす人数を最小限に減らしたピクニックを行ったり、間隔をたっぷりとった上でのおしゃべりだったり、さまざまな形でヒュッゲのひとときを目にします。どんな状況下でも、ヒュッゲなひとときを見つけることができるのは幸せを感じる土台なのかもしれません。

執筆:くらもとさちこ
広島県出身。広島女子大学卒業。コペンハーゲン在住。デンマークの「ヒュッゲ」と食文化に興味を抱いて30年近く、デンマークでの暮らしを実践。デンマークの高等教育機関で健康と栄養を専攻後、地元で丁寧に育てられた旬の野菜を主役にした身体に優しい料理を提唱している。菜食を伝統とするシュタイナー教育機関での献立指導とレシピ開発にも力を注ぐ。デンマークの文化を日本に紹介するつなぎ役として活躍する側面を持ち合わせる。今年4月に誠文堂新光社から出版された「北欧料理大全」で翻訳と編集を担当。

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