デンマークの暮らしと「ヒュッゲ」(19)

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近年、国際的に注目された概念「ヒュッゲ」は、デンマークで頻繁に耳にする言葉です。心が温まる気持ちやここちよさを表す言葉ですが、その概念の奥行きは深く、使い方も多様です。興味深いのは、「ヒュッゲ」というメガネを通すと、どこにでもある小さな喜びが大きく膨らんで、その温かさが心や身体の隅々に行き渡り、お風呂にゆっくり入った後のようなくつろぎを得られることではないかと思います。

昨年一年に渡って、四季折々の暮らしの中で感じるデンマークの「ヒュッゲ」をお伝えしましたが、今年は、デンマークを代表する文化施設として人々の心に深く根づいている「チボリ」に焦点をあてて、デンマークのヒュッゲを違った角度でお伝えしたいと思います。

「ヒュッゲ」と「チボリ」、 デンマークの人々にとって、この二つの関係は、磁石と砂鉄のような強い結びつきを持っています。「チボリ」は、デンマークの誰もが知っていると言われるほど知名度の高く、180年近くもの間、「ヒュッゲ」を独自の形で体現している文化施設です。家族や親族一同が揃い「チボリ」で美しい夏の一日を楽しむ慣習は、世代を重ねて受け継がれており、国民の大半が「チボリ」に温かく特別な思いを抱いています。

デンマークでは、「チボリ」は「Tivoli」という名称ですが、英語での名称は「Tivoli Garden」なので、日本語では「チボリ公園」と紹介されていることが一般的です。ただ、日本語の「公園」は、公衆の利用を前提とし、遊戯施設や休憩施設などが配置された空間という意味合いが強く、「チボリ」が一般企業として存在し、上質のくつろぎを提供する有料の文化施設であるという事実との食い違いが大きいように感じてきました。したがって、この連載では原語(デンマーク語)に倣って「チボリ」という表記でお伝えしたいと思います。

Photo: 「ゲオ・カーステンセン」チボリ所蔵 Georg Carstensen © Tivoli

「チボリ」は、1843年8月15日、デンマークの文化人ゲオ・カーステンセン氏によって創設されました。コスモポリタンで、さまざまなヨーロッパ文化を見聞していた彼は、当時27歳で、パリをはじめとする大都市の上流階級に好まれていた美しい庭園とエンターテイメントを併せ持つ有料施設にインスピレーションを受け、彼独自のエスプリを織り交ぜて、首都コペンハーゲンに「チボリ」を創設しました。「チボリ」は、元々、美しい庭園に彩られ太陽に恵まれたイタリア・ナポリ近郊の名勝地チボリに由来しますが、創設当時は、芸術性の高い催しが繰り広げられる美しい有料庭園を意味するヨーロッパ共通の総称だったそうです。

Photo:「チボリ正門」コペンハーゲン市博物館所蔵 Tivoli, Hovedindgang, Københavns Museum
 (上: 1890 – 1899, 下: 1900 – 1900に撮影)

歴史的に見ると、「チボリ」の誕生は、デンマークの国民意識に大きな影響を及ぼしてきた牧師、作家、詩人、哲学者、教育者、政治家のグルントヴィが活躍した時期であり、「デンマーク黄金時代」と呼ばれる文化的な分野で隆盛を極めた時期に重なっています。グルントヴィが新しい民族意識の啓蒙に奔走し、童話作家アンデルセンの作品がヨーロッパ全土で評価され、哲学者キルケゴールが哲学史に影響を与え、ベルテル・トルバルセンの彫刻作品がヨーロッパの芸術家に大きな影響を与えた時代の申し子が「チボリ」だったと言えるでしょう。

Photo: 「コペンハーゲン市街図」コペンハーゲン市博物館所蔵 
(上から1860年、1930年、1980年頃。赤い丸はチボリの位置を示しています。)
”Plan de Copenhague”, ”Kort over København og Frederiksbjerg”, ”Kort over København og nærmeste omegn” Københavns Museum 

1843年の創設時、「チボリ」は城壁に囲まれたコペンハーゲン旧市街の水堀の外に位置していましたが、その後、城壁が取り壊された段階で、当時の水堀を庭園の設計に組み入れました。そして、街は徐々に拡大し、現在はコペンハーゲン市庁舎とコペンハーゲン中央駅の間に位置するという抜群の立地となっています。「チボリ」は「遊園地」と紹介されることが多いようですし、現在のアミューズメントパークの母体でもあるのですが、1800年代の優雅なアミューズメント文化や庭園文化を色濃く留めながら存続している点、創設当初から今まで、文化の先駆け的な存在として揺るぎない地位を築いているという点で、「遊園地」や「アミューズメントパーク」の枠を超えた世界でも稀に見る文化施設だと評価されています。

現在、「チボリ」は年4回の開園時期を設けていますが*1、1994年までは美しい花が咲き誇る庭園が楽しめる4月から9月に限って開園していました。1843年8月15日に晴々しく幕開けした「チボリ」は、この年7週間のみの開園でしたが、コペンハーゲン市民のみならず、近郊の老若男女が、貴賤の別なく、斬新なエンターテイメントを求めて駆けつけ、7週間で175.000枚の入場券が飛ぶよう売れ、コペンハーゲンにある劇場やコンサートホールでは閑古鳥が鳴いたという記録さえ残っています。また、当時の労働者の給金一日分の三分の一に相当する入場料が払えない人々のために、「見晴らし台」が隣接され、ここで楽しむ人々も後を絶えなかったと言われています。ゲオ・カーステンセン氏が『万民が楽しめる「チボリ」』と表現したとおり、チボリはあらゆる人々が楽しめる施設として出発し、それは今も引き継がれているのです。

「チボリ」の開園当時、最も大きな注目を集めたものは、流行最先端のジェットコースターでも回転木馬でもなく「音楽」だったと言われています。テレビもラジオも存在しない時代、音楽家による生の音楽演奏は、すばらしいエンターテイメントとして、現在に生きる私たちからは想像できない深い意義があったに違いありません。「チボリ」は世界中で作曲された最先端の音楽を聴くことができる稀有な施設だったのです。庭園内では、交響楽団、サーカス、パントマイム、ダンスなど多様な音楽を楽しむことができ、一日に100人を超える音楽家が演奏を行なっていたと言われています。「チボリ」は、美しい庭園やイルミネーション、花火などでも独自の芸術性を築いていますが、音楽が「チボリ」の魅力の根幹を成している点はとても興味深いと思います。

Photo: Jan Oster

さまざまな形で創設当時からの伝統を今も色濃く残している「チボリ」ですが、お抱えの子ども衛兵「チボリガード」も今年で177年を迎えます。ゲオ・カーステンセン氏の考案により「チボリ」創立2年目の祝賀記念として創設された「チボリガード」は、「チボリ」の正門や園内の建物に衛兵として立つ役割から、太鼓と金管楽器で構成された子ども音楽隊として活躍するようになり、1928年には木管楽器が加わって吹奏楽隊が設立さ

れ、デンマークを代表する子ども音楽隊に成長しました。現在、8歳から16歳の子ども100名近くが、鼓笛隊・鉄砲隊・吹奏楽隊の三部隊のいずれかに所属し、デンマーク王国近衛兵の祝賀装束に倣った愛らしい衣装に身を包み、「チボリ」を象徴する存在としてだけではなく、デンマーク文化を象徴するアンバサダーとして、デンマークの国内外で広く活躍しています。

「チボリ・マップ」© Tivoli
(赤で今月のスポットの位置を示しています。)

さて、今年の連載では、毎月、「チボリ」の庭園内をスポット別にご紹介したいと思います。今月のスポットは、観光名所の看板ともなっている正門です。現存の正門は1890年に建てられました。歴史を感じる華やかな正門から園内に続く並木路は、デンマークを代表する照明デザイナー、ポール・ヘニングセン氏の意匠による美しい照明に飾られています。「チボリガード」による音楽パレードは、4月から9月まで土曜日と日曜日に一日二回行われる定例行事ですが、正門の内外とそれに続く並木路での行進は、際立って「チボリ」らしい華やかさを感じます。

Photo: Jan Oster

今年の連載では、文章だけでなく「チボリ」らしい音楽を合わせた形で「チボリ」をご案内する趣向です。 今月は、行進曲「祝賀装束のチボリガード」をご紹介します。下記リンクをクリックすると、「チボリガード」による演奏がお楽しみいただけます。

この曲は、1965年から1973年まで「チボリガード」で音楽監督を務めていたダン・グレーセル氏が「チボリガード」のために作曲した作品です。1000曲以上のレパートリーを持つ「チボリガード」の楽曲には行進曲が数百曲もあるのですが、この曲の人気はたいへん高く、毎年、必ず演奏されています。デンマーク王立近衛兵の伝統的な祝賀装束に倣った制服をまとったチボリガードの姿を思い浮かべながら、美しいチボリの雰囲気を音楽でもお楽しみいただければ嬉しく思います。

*1               今年の冬季開園はコロナ感染防止対策により休園します。
*2               東京オリンピック・パラリンピック開催時には、東京都心にデンマーク王国公式パビリオンが開館する予定です。このパビリオンでの開催記念式典では、チボリガードによる祝賀公演が予定されています。

執筆:くらもとさちこ
広島県出身。広島女子大学卒業。コペンハーゲン在住。デンマークの「ヒュッゲ」と食文化に興味を抱いて30年近く、デンマークでの暮らしを実践。デンマークの高等教育機関で健康と栄養を専攻後、地元で丁寧に育てられた旬の野菜を主役にした身体に優しい料理を提唱している。菜食を伝統とするシュタイナー教育機関での献立指導とレシピ開発にも力を注ぐ。デンマークの文化を日本に紹介するつなぎ役として活躍する側面を持ち合わせる。2020年4月に誠文堂新光社から出版された「北欧料理大全」で翻訳と編集を担当。

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