デンマークの暮らしと「ヒュッゲ」(27)

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9月下旬にさしかかると、朝夕の風はとても冷たく、外出には少し厚手のコートが必要になります。深夜近くまで明るさが残っていた夜も、今は8時辺りには暗くなり、「チボリ」独特の照明が夜の闇に戯れる光景が楽しめます。この光景を目にすると「チボリ」の閉園が間近に迫っていることを感じます。

1843年の創業から1993年までの150年間、「チボリ」は4月から9月までの半年間に限って開園する文化施設でした。1994年からクリスマス開園が始まり、11月半ばからクリスマスを迎える雰囲気を楽しむ人々で賑わうようになり、2006年から10月中旬の秋休みに焦点をあてたハローウィン開園、2018年からは2月の冬休みに重なる冬開園が追加されました。実際には、ほぼ通年の営業となっていますが、春に迎える復活祭の祝日前に始まり、秋が深まる9月下旬に幕を閉じるという「チボリ」暦は今も健在です。「チボリ」は明るく美しいデンマークの夏半期の象徴で、ハローウィン、クリスマス、冬に続く開園は「特別開園」という位置付けなのです。

「チボリ」のお抱え少年少女音楽隊「チボリガード」の一年も、9月下旬の夏開園最終日で一シーズンの幕を閉じます。その年に16歳になる子どもは、この日を最後に引退し、10月から新規メンバーでの練習が始まります。

「チボリガード」は、約50名からなる吹奏楽隊、各20名の鼓笛隊と鉄砲隊の三部隊を総勢とする世界最古の少年少女音楽隊です。7歳から入団することができ、一年間、音楽と行進の基礎練習を積んだ後、100年の伝統を持つ制服を身に纏い、ピッコロもしくはマーチ太鼓を演奏する「鼓笛隊」のメンバーとして公演デビューを果たします。鼓笛隊の子どもたちは、数年後に吹奏楽隊もしくは鉄砲隊に移籍します。年間100曲に近い曲目の演奏し、年間150回に及ぶ公演を7〜8年繰り返すと音楽的にも練磨され、現在、デンマーク人として国内外で吹奏楽器を演奏するプロの音楽家の3分の1は「チボリガード」出身者と言われています。

最初は由緒ある衣装やカッコいい楽器に惹かれて始めた活動が、次第に音楽的な研鑽意欲や仲間との固い絆が活動の基に変わっていくことも興味深い傾向です。これまでの人生の半分に値する8歳から16歳までの歳月を、自宅での毎日の練習は別にして、合奏や行進の練習、公演で週20時間以上を「チボリ」で過ごす子どもたちにとって、16歳での引退は一緒に歩んできた仲間との別れ、そして自らの新たな出発を意識する強烈な体験だと元チボリガードはそれぞれに語ります。

夏開園最終日は「チボリガード」にとっての千秋楽。吹奏楽隊による野外コンサートと総勢での定例パレード、そして、伝統行事「松明パレード」が行われます。千秋楽は特別な催しが盛り込まれており、夏季公演の忙しさが終わるという開放感も手伝って、一年で最もヒュッゲな日だと感じるメンバーは多いのですが、これまで活動を共にしてきた最年長の先輩と別れを告げる日でもあるのです。コンサートには千秋楽らしく、引退するメンバーの希望が選曲の軸になります。面白いのは、「八木節」が必ず選曲されること。この民謡の朗らかな曲調が、涙勝になりやすい雰囲気を消し去ってくれるのかもしれません。コンサートに続く最後の定例パレードには、卒団メンバーが仮装して臨みます。賑やかでおかしな格好に仮装した子どもたちの目に大きな涙の粒が光っている様子もよく見かけます。自由な時間や休日・休暇を削れるだけ削って練習や公演を8年近く続けてきた子どもたちにとって、「チボリガード」の伝統装束を身につけたパレードがこれで最後だと思うと、さまざまな感情が走馬灯のように駆け巡るのだとか。仮装した卒団メンバーを先頭に従えたパレードは、回転木馬に乗った演奏を行ったりしながら、いつものコースを逆方向に行進します。沿道には、保護者と退役メンバーが大勢集まり、最後のパレードを盛り上げます。

闇が辺りを覆う夜8時、「チボリ」夏開園の終了を告げる「松明パレード」が始まります。いつもの伝統装束ではなく、紺のトレーナーと紺ズボン、青い夏帽という闇に溶け込む出立ちで、年齢順に並びます。金管楽器と打楽器の演奏者が内側二列に並び、木管楽器と鉄砲隊のメンバーは松明を持って両端を固めます。そして、パレード列の最後尾には「8番線」と呼ばれる電車の形をした乗り物に退役メンバーが大勢乗り込みます。

「松明パレード」は、唯一、祝賀装束を身に纏った首席トランペット奏者による終業を告げる曲のソロ演奏で始まります。この曲の歴史は16世紀に遡り、デンマークではこの曲の演奏で兵士に夜を告げ、各自の終業を知らせる伝統がありました。本来、東西南北と四方向で同じ曲を演奏するのですが、ステージ上の演奏なので、右・左そして中央の三方向で演奏されます。短い曲ですが、夜の闇に空高く三回響くのは、印象的で情緒溢れる光景です。この演奏の後、煌々と光を放つ松明が用意され、首席トランペット奏者も紺の衣装に着替えて列に加わり、パレードが始まります。金管楽器と打楽器による伴奏で、松明を持ったメンバーと「8番線」に乗り込んだ退役メンバーが追い出し用の歌を歌いながら園内を一周します。こうして「チボリ」そして「チボリガード」のシーズンが幕を閉じるのです。

今回は、実際にチボリガードに在籍、トランペットを演奏していた履歴を持つデンマーク人作曲家ヤコブ・ゲーゼの「タンゴ・ジェラシー」をご紹介します。1925年の初演後、世界的に大ヒットし、今でも世界の至るところで演奏されている曲なので、みなさんにも聞き覚えのある曲だと思います。ゲーゼの没後、この曲の印税は若手の音楽家の育成の基金となっており、デンマークでの音楽育成活動に大きく貢献しています。

<ご案内> インスタグラム@tivoli.og.tivoligardenで「チボリ」と「チボリガード」の折々の様子をご紹介しています。また、www.kuramoto.dk および @sachikokuramoto.dkでは、デンマークの暮らしや食べごとについて投稿しています。フォローで応援していただけると嬉しいです。また、お知らせメール配信登録なども合わせてご検討ください。よろしくお願いいたします。

Foto: Jan Oster

執筆:くらもとさちこ
広島県出身。コペンハーゲン在住。
30年近くのデンマークでの暮らしの中で、幅広い文献に目を通し、北欧の食文化と「ヒュッゲ」への造詣を深める。デンマークの高等教育機関で健康と栄養の学位を取得後、料理講座を担当するほか、法人・教育機関で食育や献立に関するアドバイザーを務める。

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